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After birthday
written by 旅人
1.
その日、アスカは目覚し時計よりも一足先に目覚めた。
「……うー……」
ぼさぼさの頭をぶるんと一振りし、無理やり目を覚ます。
時計の針はきっちりと直立している――6:00。ジャストだ。
いつもなら考えられない。
大きなあくびを一発かまし、枕もとの携帯に手を伸ばす。
パチン、と蓋を跳ね上げると新着メールがずらりと並んでいた。
ほとんどは0:00前後に送られたもののようだ。
「……ざっと30件」
内容はどれも似たようなもの。
一通り目を通して、アスカは携帯を放り投げた。
「日本のナレアイ主義、ここに極まるっ!」
そんな事をのたまいながら、ベッドの上に仰向けに倒れこむ。
まだほんのりと温かい毛布が、アスカを柔らかく包み込む。
自分の一晩分のぬくもりを噛み締めながら、アスカはぐっと体を伸ばした。
ここでいつもなら、二度寝の天使が誘惑に訪れるところだが……今日はどうやらお休みらしい。
「目覚めは快調、ってとこね」
うん、とうなづいて体を起こし、スリッパに足を突っ込む。
そして、彼女は鼻歌交じりにバスルームに消えていった。
2.
朝風呂を終え、頭を拭きながら居間に戻ってくると、シンジがキッチンに立っていた。
「おはよ、シンジ」
「あ、起きてたんだ。おめでとう、アスカ」
「……はいはい」
うんざり、といった様子で手をヒラヒラと振るアスカ。
冷蔵庫から牛乳を取り出してラッパ飲み。
シンジが差し出したグラスは当然のごとくスルーだ。
「今日いちんち、『おめでとう』『おめでとう』なんて言われ続けるかと思うとぞっとするわね」
「そうかな?」
「そうよ! だいたい、日本人てキモチワルイのよ。
『特に親しくもないけど誕生日にはメール送っとこ』、みたいな……
ばっかじゃない? それで叩き起こされる身にもなれ、っていうのよ!」
「起こされたの?」
「えーえー、朝っぱらからね」
そうこうするうちに、朝食がテーブルに並んでいく。
トーストにサラダ、目玉焼き。葛城家定番の朝食だ。
しかし、今日のアスカの皿にはもう一品。
「……なにこれ?」
「ん? タコさんウインナー」
「ハァ?」
「ほら、誕生日だから。サービス」
シンジがにっこりと笑いかけたその先で、アスカはとびっきりの呆れ顔を作っていた。
「幼稚園児、アタシ? わーい、たこさんだ〜♪とか言わなきゃいけないワケ?」
「あ、かわいい」
「……ロリコン。ペド。アンタまさか、そのテでそこらの園児さらってんじゃないでしょうね?」
「じょ、冗談じゃないよ! するわけないだろ?!」
「どうだか」
タコさんをフォークでかっさらい、口に放り込む。
むしゃむしゃと噛みながら、アスカは口を尖らせた。
「ほら、せっかくの肉汁が全部出ちゃってるじゃない。
ウインナーはそのまま炒めるのがイチバンなんだから」
「じゃぁ食べなきゃいいのに」
せっかくのサービスを鼻であしらわれ、シンジ君おかんむり。
とはいえ、小声でしか言えない文句はアスカの耳には届かない。届いてもらっちゃ困る。
微妙なアンビバレンツに揺れ動くシンジは、複雑な思いでフライパンに目を落とすのだった。
一方、アスカは何の気兼ねもなしにぱくぱくと朝食をパクついている。
サラダは1分、目玉焼きとトースト2枚はセットで5分。
トーストの最後の切れ端で、半熟の黄身をすくい上げて口に放り込んだ時、最後の一人が姿を現した。
「……ぐ〜っども〜に〜んぐ……」
バターとコーヒーの香り漂うさわやかな朝食の席に不釣合いな、どんよりとした声。
黄身のねっとりとしたコクを味わいながら、アスカは眉をしかめた。
「……んっぐ。珍しいじゃない、ミサト」
「……にゃにが?」
「学校行く前にミサトが起きるなんてどういう事よ。
まさか使徒? それなら早く――」
「あー、ちがうちがう……違う、わよ?」
コンコン、と頭を叩きながらミサトは首を振った。
キリッと引き締まった顔のアスカに向けて、にへっと笑ってみせる。
「せっかくだからね、言っておこうと思って。
お誕生日おめでとう、アスカ」
「……」
「今日は早く上がれそうだから、ケーキ買って帰るわ。
おいしいやつ」
っはぁぁぁぁ。
盛大なため息を噴出してテーブルのパン屑を吹き飛ばし、アスカは席を立った。
シンジとミサトを交互に見比べながら肩をすくめる。
「この上司にしてこのパイロットあり。誕生日に世界の未来を悲観することになるなんて……
同居人に恵まれてないわ、アタシ」
ぱたり。
捨てゼリフと共にふすまが閉まった。
取り残された二人は顔を見合わせる。
「なんか悪いことでも言ったかしら?」
「いや、そういうわけじゃないと思うんだけど……」
「変ねえ。女の子の日はまだ先だったと思うけど」
ガラッ! ビュンッ! バタン!
ふすまが開き、スリッパが高速で飛び、また閉じる。
まさに電光石火の早業だ。
だがミサトもさる者、それを眼前でしっかりと受け止めている。
イスラフェルも真っ青のナイス・コンビネーションと評価したい。
「……アスカ、もの投げんのはやめなさい」
「うるさい! バカ! デリカシー皆無オンナ!」
なんやかんやで、いつも通りの葛城家の朝だ。
自分にとばっちりが来ないうちに、ということでシンジはこそこそと自室に退避した。
「あー! アスカ、また牛乳口飲みしたわね?!」
「しらな〜い。シンジじゃないのぉ?」
「見え透いた嘘を……そんなにシンちゃんと間接キスしたいのかしら?」
「Holly shit! そんなヘンタイ行為見つけたら、思いっきり地面にキスさせてあげるわよ」
「シンちゃんも苦労するわね」
「……」
納得しないでくれ。
そう言いたいのはやまやまだが、ここで口を出しても事態は改善しない。むしろ悪化する。
シンジはカッターのボタンを留めながら、しみじみと自分の境遇を噛み締めるのだった。
3.
学校でもイベントは目白押しだった。
・靴箱のラブレターの数…………………4割増(平日比)
・放課後のデートの誘い…………………2割増(同上)
・校内暴力行為……………………………微増(同上)
・憧れの女の子に蹴られた股間の痛み…プライスレス
とまぁ、こんな具合だったわけで。
昼休みを迎える頃には、アスカはすっかりお疲れモードになっていた。
「人気者は辛いわね、アスカ」
ヒカリが悪戯っぽく声をかけてくる。
アスカは顔も上げず、片手だけ上げて応えた。
「ヒカリ、頼むから『おめでとう』とかそのたぐいの言葉やめてね。
ノイローゼになりそうよ」
「はいはい。それじゃ、言葉より形で示そうかな?」
とん、と軽い音。
アスカが目を上げると、可愛らしい布で包まれた箱が――。
「弁当? アタシに?」
「そう。いつもパンでしょう? たまにはね」
「Danke! さっすが分かってるわ、ヒカリ様!」
ハンカチをほどく手ももどかしく、弁当の中身を確かめる。
そぼろご飯、卵焼き、ほうれん草のごま和えにミートボール。
ヒカリらしく、なんとも可愛らしい盛り付けだ。
小さな弁当箱に、アスカは満面の笑みで箸をつけた。
「うん! おいしい!」
「ありがとう。アスカ、午後もあるんだから今のうちに体力付けておかないとね?」
それを聞いたアスカは箸を止め、うんざり顔で口を尖らせた。
「ほんっとーーにウザったいわ。ヒカリ、代わってくれない?」
「遠慮しとく。惣流・アスカ・ラングレーになれるのはアスカだけだもんね。
もうちょっとがんばって♪」
「……他人ごとだと思って。あーあ、午後はサボっちゃおっかな〜」
「あ、こら。そんなのダメよ?」
「はいはい、ヒカリさまの前で本気でそんなこと言いません。試練と思って頑張りますよ〜だ!」
べ〜っ、と舌を出してみせるアスカ。
ヒカリは苦笑いしながらその肩を叩いた。
「まぁまぁ、そうムクれないの。放課後、誕生会兼ねてケーキおごって上げるから」
「ん?」
「駅前の『ル・クシュレ』の抹茶モンブラン。ほら、アスカも行きたいって言ってたでしょ?」
「あっ、あれ? やった、それなら大歓げ――」
弾んだ声が途中で切れた。
ほんの一瞬、ありかなしかの笑みが口元を掠める。
そして次の瞬間、アスカは両手を大きく広げた。
「Jesus! 残念だけど、ご遠慮しなきゃいけないみたい」
「えー、どうして? あ! まさかアスカ今日は誰かさんと――」
「違う違う、ヒカリまでそんなこと言わないでよ。
今日はミサトがケーキ買って帰るんだって。
カロリー考えたら、一日2個はちょーっとキツいわ」
「明日に取っておいたら?」
「ダメダメ、ミサトもシンジも家族ごっこがだ〜〜い好きなんだから。
『ささやかな誕生日パーティー』を演出してあげないと、これからの生活に支障が出る、ってワケ」
大げさにため息をついて、黄色い卵焼きを口に放り込む。
「うむ……ぐむ……まったく、あの二人に付き合うのも疲れるわ」
「ふふ、そうね。ご苦労さま」
含み笑いをこらえるようにして、ヒカリは相槌を打った。
バケモノが攻めてきたり、ロボットが戦ったり、それを動かすのが親友だったりする世の中だけど。
明日にも街が一つ消えちゃうかもしれない、そんな世界だけど。
今だけは、このなごやかなランチ・タイムにだけは、この言葉が信じられる。
"God's in his Heaven, all's right with the world."
ヒカリは自分の箸を取り上げると、心の中でそっと呟いた。
(お誕生日おめでとう、アスカ)
4.
ヒカリの弁当で充分なカロリーを摂取したアスカは、何とか午後を乗り切った。
それでも止まないしつこいお誘いを振り切るべく、脇目も振らずに葛城家へ帰宅。
「ただいまっ」
いつになく大きな声を上げて靴を脱ぎ、どかどかとリビングに向かう。
「あぁぁ、疲れた!」
どさっ、と座椅子に倒れこむ。
タイマーで仕込んでおいた冷房の風が、汗ばんだ顔を冷やしてくれた。
実に気持ちいい。
「極楽極楽〜」
顔から、手足から、背中から、すーっと汗が引いていく。
制服からも、ブラウスからも、下着からも……。
「――とはいえ、さすがに寒くなってきたわね」
ぶるっと震えて、アスカはクーラーの送風口を避けて座り直した。
すると、リビングの様子を見渡す角度になった。
がらんとしたリビング。
角張った机。
散らばった小物。
アスカしかいないリビングは、いつになく広く感じた。
「ペンペン……は動物病院だっけ……」
自分の声が、静寂の中でいやに虚ろなものに思えた。
アスカは黙って、クーラーの温度を上げた。
腕に鳥肌が立っている。
それをゴシゴシとこする。
温かくなる……が、すぐにまた冷え、鳥肌が立つ。
白い肌が赤くなるほどこすっても――。
やがて、シンジが帰ってきた。
「ただいま。今日は早いんだね」
ふっ、と室温が上がった気がした。
アスカはこする手を止め、フンと鼻を鳴らして見せた。
「あったり前でしょ? いつまであの連中相手にしとけっていうのよ」
「あはは……でも、凄かったらしいね。保健室満員にしたって聞いたけど」
「ハン、軟弱者ぞろいなのが悪いのよ。日本ってサムライの国じゃないの?」
「……セカンドインパクト世代のこと笑えないよ、アスカ」
「なんですってぇ?!」
ぎゃいぎゃい、ワイワイと賑やかになったリビング。
埋まった二つの座椅子。
机の上に並べられるスナック菓子。
そしてクーラーの温度は、また、下げ直された。
5.
机の上のスナック菓子が細かいカスに成り果てた頃、ミサトが帰って来た。
やけに上機嫌で、手には大きな紙のバケツとコンビニの袋をぶら下げている。
「……ちょっとミサト、なにそれ?」
「これ? 本日のディナーとお約束のケーキよ〜ん♪」
ちょっと油の染みたボール紙。
チープではあるが、食欲をそそる香ばしい香り。
白髭の紳士がプリントされたバケツ……と言えばもう何かお分かりだろう。
「ケンタッキーフライドチキン・パーティーバレル!」
「……ちょっとミサトさん、ケンタッキーって」
「な、なに考えてんのよ! だいたいケーキだってそれコンビニのじゃない!」
「あら知らないの、最近はコンビニ・デザートってレベル高いんだから。
それに、ケンタッキーを舐めてもらっちゃ困るわね。
美味しいし、お腹にたまるし――」
「……ビールに合う、でしょ?」
「That's right! さすが才女!」
「……このオンナだけは……ヒカリとケーキ食べりゃよかった」
「アハハ、このパーティーバレルってやつ、一度食べてみたかったのよ。
ほらほら、食べましょ食べましょ! 今日はリビングで、ぱーっとね♪」
(ミサトさんの手料理……じゃなくてよかったよ……)
はしゃぐミサト、苦笑いのシンジ、むくれたアスカ……。
三者三様ではあるが、ともあれ夕食は始まったのだった。
「はっぴば〜すで〜とぅ〜ゆ〜♪」
「や、やめてよオンチ! 耳が腐る!」
「そんなに恥ずかしがらなくても……」
「ウルサイ! ほらもう、さっさと乾杯よ!」
「あら、残念……でもま、早く飲めるに越したことはないか♪」
「「「カンパ〜イ」」」
一時間後。
バケツに入っていたものは三人の胃袋に残らず納められ、
いくつかのコンビニ惣菜もすっからかん。
後はケーキを残すのみ、というところで三人は一休みしていた。
「……意外と美味しかったわね」
「でしょう?! おいしいでしょう!」
ビールの缶は5本目が空いている。
上機嫌のミサトに、まんざらでもなさそうなアスカを見て、シンジはほっと息をついた。
「ん、じゃぁケーキ持ってくるよ」
そう言って立ち上がりかけたシンジを、アスカがぐっと座椅子に引き戻した。
「うあ!?」
「待ちなさい! アンタ、先に好きなケーキ選ぶ気ね? そうはさせないわよ」
「そ、そんなことしないよ、それに」
『どっちみち好きなケーキを他に譲る気なんかないだろ?』
……と続く前に、アスカはさっさと席を立ってキッチンに向かっていた。
目をぱちくりさせるシンジを見て、ミサトが遠慮のない笑い声を立てる。
そして、ほどなくしてアスカはお盆を手に戻ってきた。
「……え?」
「あら〜、気が利くじゃな〜い」
お盆の上には、ケーキが三皿と、湯気の立つマグカップが二つ、ちょこんと乗っていた。
ガタッ!!
驚天動地の事態に、シンジは反射的に腰を浮かしていた。
「……なにしてんのよアンタ」
「え、いや、その……」
「そうよねぇ。『アスカがシンちゃんにお茶入れる』なんてねぇ。
初めて初号機を見たときに比べたって、ぜんぜんオドロキってもんよねぇ」
「Shut up! どうせアンタたちにやらせたらチンタラしてるんだから、
代わりにやってあげたのよ! まったく、主役をこき使うだなんて恥と思いなさい!!」
小さなフォークを二人に突き付け、アスカはケーキに向かった。
一人でさっさと食べ始めたアスカに、戸惑いながらシンジが続く。
そんな中、ミサトだけはケーキに手を伸ばさず、ニコニコしながら二人を変わりばんこに眺めていた。
(……いいものね)
二人の顔を見ているのが楽しい。
ほのかな酔いが心地いい。
手にしたビールを、ちびりと舐める。
(満たされる、ってこんな感じなのかしら)
その日、ミサトはビールを半ダース空けた。
いつになく、いい酒だった。
6.
夜。
アスカは自室のベッドに仰向けになって、天井を眺めていた。
「……ふん」
いつもより少しだけ穏やかな声。
そして、枕もとに手を伸ばす。
そこには携帯――蓋をパチンと跳ね上げれば、もう何度も読み直した約30通のメール。
『誕生日おめでとう』
『おめでとう☆』
『おめでと、これからもよろしくね!』
文面まで覚えたメールを、一通一通確認していく。
全部読み終わったところで、アスカは静かに目をつむった。
今日あった、いろいろなことが自然と頭に浮かんでくる。
たこさんウインナー。
ラブレター、その他もろもろ。
ヒカリのお弁当。
パーティー・バレル。
ケーキ。
『おめでとう、アスカ』
うすぼんやりした笑顔のシンジ。
『お誕生日おめでとう、アスカ』
間の抜けた笑顔のミサト。
『おめでとう』
「……」
携帯の時計表示をちらりと見やる。
緑色のデジタル表示は、『0:03』。
それを確認してから、アスカは枕に顔を深く埋めた。
「……ありがと」
誰にも聞こえない、12月5日深夜の独り言。
夜の闇だけがその言葉を飲み込んで、耳まで赤くなった少女を優しく包んでいった。
End.